知らないことだらけ

ゲームとゲーム音楽と雑記

スプラ2はH3リールガンで生きるのが辛い

忙しい毎日の隙間を縫ってゲームを細々と遊んでいる。

スプラトゥーン2は1試合3分のナワバリバトルがあるので、とても遊びやすい。いろんなところでいろいろな意見が交わされているけれども、少なくとも私自身はとても楽しんでいる。やり込みには程遠いプレイタイムとプレイスキルではあるけれども。

 

今回は非常に個人的な意見として聞いてほしい。

スプラトゥーン2でH3リールガンで戦うことが辛いんだ。

 

スプラトゥーン初代ではH3リールガンを愛用していた。

H3リールガンはとても優れた性能をもつブキだ。3点バースト弾という尖った個性の持ち主ではある。だが聞いてほしい。

射程はスクイックリンにも劣らない。発射される弾は大きく、横移動しながら撃ち続ければ、塗り面積も大きく稼げる。必然的にSPも素早く発動できる。初代のH3リールガンはスペシャルがスーパーセンサーだった為「床を広く塗る→インクが少なくなるがSPが貯まる→すかさずスーパーセンサーを発動させてインクを補充する」という完ぺきな流れができていた。インク管理に悩まないのは、塗面積で勝負が決まるナワバリバトルにおいては、相当にデカいメリットだった。

3点バースト弾を全弾命中させればキルもできる。仮に全弾当てられないとしても、床を大きく塗っておいたことによる床ダメージとの合わせ技で2弾だけでもキルが狙える。攻められても、チャージャーなどよりも足回りが良く、回避の余裕も生まれやすい。チャージャー相当の飛距離とキル性能を持ちながら、動きはシューターという両方の美味しいところを併せ持ったブキなのだ。

初代では特に対ローラー戦においてその相性の良さを発揮できた。ローラーの射程外から攻められる飛距離を持ち、なおかつキルも狙える。ローラーの射程外から塗ってゆき、自らは引きながらローラーが突撃してくるようにキューバンボムなどで相手の動きを狭めてゆく、相手がこちらに突撃してきたら、後ろに下がりながら標的を正面に捉えて3点バースト弾を残らず撃ち込む。この流れが実にうまくいく場面が多かった。

 

スプラトゥーン2が発売された後も、当然H3リールガンで生きてゆこうと決めていた。ところがなかなかそうはいかなかった。

 

・ローラーの縦振りで消えたH3リールガンの利点

 スプラ2からはローラーが縦振りを使うようになった。これによって、ローラーも「中距離から相手をキルする手段」を覚えたことになる。今までH3リールガンが戦っていたスタイルと同じ戦い方が可能になった。こうなると「3つの弾を確実に全弾撃ち込まなければキルができない」H3リールガンは辛い。これまでよりもさらに精度の高いエイムと発射までの時間短縮が求められる。狭路で引き撃ちに持ち込んだとしても、良くて相打ちになることが多かった。ローラーの方がインク量及び幅が大きいからだ。

 

・射撃後の硬直時間が延びた?

スプラ2のH3リールガンは射撃後の硬直時間(というかリロードまでの時間?)が長く感じる。もうちょっとテンポよく撃てた気がするのだけど……テンポがまだ掴めないので、とっさの撃ち合いでうまく立ち回れないように感じる。

 

・マニューバーの登場

スプラ2の新ブキとしてマニューバーが登場した。スライドも含め足回りのいいブキをしっかりと3点バースト弾を全弾撃ち込むのはかなり難しく感じる。彼らはあらかじめ塗っていた床もスライドで優雅に飛び回る。憎い。

また別の新ブキであるシェルターもなかなかに曲者である。こちらが狙って照準を合わせて撃ち込んだ時には、既にガードされてしまっていることも多い。なかなかに戦いにくい相手が多い。

 

・入り組んだ高低差のある新マップ

スプラ2からの新マップは平面が広いマップが初代よりも少なく感じる。これは平面を広く塗れるが壁のぼりがあまり得意ではないH3リールガンにとっては戦いにくく感じた。

 

アプデで追加されたH3リールガンDはサブがキューバン、スペシャルがインクアーマーとかなり初代H3リールガンと近い感覚で立ち回れるが……まだまだ修行は続くようだ。

雑記:アガる、踊れる、ゲーム音楽ライブがほしい

ゼノギアスコンサートの感動がこの胸から消えてゆかない。あのコンサートは確かにこの身体に刻みつけられたのだ。

また今月末のニコニコ超会議ではハイカライブか再演するそうだ。あの感動的なライブがまた行われることはとても嬉しい。みんなで幸せになろう。

 

ゲーム音楽のコンサートやライブに時々赴いているが、いつも思うことは「ライブで感動した気持ちを身体でもっと表現したくなる」ということだ。

体感的にはここ2、3年で少しずつ観客の雰囲気が変わってきていて、以前よりも拍手は大きくなったし、ブラボーもいうし、スタンディングオベーションを見かけることもあった。(これは勿論「スタオベ"しなければならない"」という主張ではないことをご理解いただきたい)けれども、もっともっと身体で感動を表現し、それを共有し、アーティストを巻き込んで大きな盛り上がりになるライブはまだ数少ないと思う。

 

もっと感動に対して自由で寛容でお互いにありたい、ただそれだけの願いなのだけれども。

胸いっぱいの感動を集めて——『Xenogears 20th Anniversary Concert -The Beginning and the End-』感想

4/8(日)に舞浜アンフィシアターで開催されたXenogears 20th Anniversary Concert』の昼公演を観覧してきました。最高のコンサートでした。セットリストとかは他の方にお任せして、私が心に残ったことや考えたことをひたすらに書き留めてゆきます。

 

・骨太で完成度の高い構成——「オーケストラサウンド」「民族音楽」「宗教音楽」

公式パンフレットで光田氏が語っているが、ゼノギアスには様々なジャンルの音楽が用いられている。光田氏はそれらを「オーケストラサウンド」「民族音楽」「宗教音楽」に大別し、演奏されていた。セットリストはゲームプレイで聴く順番を意識して構成されており、異なった音楽をしっかりと演奏するだけの編成が必要だった。その為スペシャルバンド・オーケストラとして編成された「アーネンエルベ・オーケストラ」には、弦楽器、管楽器、ギターやドラムのバンド編成、アコーディオンケルトハープなどで編成され、そこにANUNAという合唱隊が加わり、最後は勿論ジョアンヌ・ホッグも来てくれた。結果、集められた彼らが最高の演奏をすることで、多様なゼノギアスの音楽を表現することができたのだ。

個人的には、バンド編成が加わったのが最高だった。特に「グラーフ 闇の覇者」からの「導火線」の迫力!会場に爆音で唸るギターがこれでもかと鳴り響き、力の求道者グラーフの緊張感を最大限まで増幅させた。オーケストラで映える美しい旋律の「飛翔」が強いドラムの音に支えられてこれほど高揚感のある力強いアレンジになるなんて、全く想像できなかった。

 

・演奏される中で次々とお色直しされてゆく楽曲

ゼノギアスにはアレンジアルバムが既に発売されている。民族音楽的な色が強く表れている「CRIED」と全編フルオーケストラアレンジの「MYTH」だ。どちらもそれぞれ素晴らしい魅力があるアルバムだ。今回のコンサートではそれぞれのアルバムで編曲されたバージョンで演奏された楽曲、そして先日発売されたリバイバルディスク「Xenogears Original Soundtrack Revival Disc - the first and the last -」に新録されているANUNAが合唱で参加したアレンジ版などが演奏され、様々な音が楽しめた。強調したい点は、一曲の中でループしてゆく度にアレンジを変えてきた曲もあったこと。例えば「紅蓮の騎士」は最初は穏やかに弦を爪弾くような演奏だったが、2ループ目、3ループ目と繰り返してゆく度に激しく盛り上がっていった。一曲の中でこれほど劇的な展開及びアレンジをしているのはかなり珍しいのではないか。そしてそれは20年の間に演奏されてきたアレンジの経験が大きく活かされているのだろう。

 

・ANUNAの底力

 4/3にキリスト品川教会グローリア・チャペルで開催されたANUNAの日本初チャペルコンサートでも感じたが、ANUNAの素晴らしさが光るコンサートだった。硬質・軟質どちらも表現できる素晴らしいコーラスは勿論、舞浜アンフィシアターの会場を動き、舞台装置を使って回り、フォーメーションを変えながら会場全体にその歌声を響かせていたことは、コンサートの演出面とがっちり噛み合ってゼノギアス音楽の柱である「宗教音楽」の神秘性を極限まで高めていた。

 

・「ゼノギアス」を顕現させた演出

セットリストはゲームプレイ順に構成されていた。それは何よりあの時ゼノギアスを遊んだファンたちの心の中にあるプレイ体験と直接リンクさせる為だろう。曲が演奏される際にゲーム内で流れたアニメーションやプレイ映像が演奏者の後ろに映し出されていた。とここまでならこれまでのゲーム音楽演奏会でもしばしば行われている演出だ。だが今回のコンサートはここでは終わらない。特にライティングが最高だった。冒頭の「冥き黎明」でエルドリッジが墜落するオープニングムービーが流れているその前方で、まるで本当に会場の真ん中にそれが墜落したような光とスモーク演出、ステージ上で円を組んだANUNAがゆっくりと回転する床に乗って会場の四方八方に祈りのような歌声を届け、さらには会場に吊るしてある機材を蒼くライトアップすることで空中都市シェバトを表現するなど、コンサートの進行やゲーム内での演出に合わせた完ぺきな流れになっていた。光の演出で感動したコンサートは光田氏の20周年ライブ以来だ……と思ったら同じ人が担当されていたとのこと。

 

・会場にいた全員が幸せに

アンコールではジョアンヌが「STARS OF TEARS」を歌ってくれた。とても嬉しかった。サントラを買って一番最初に気に入ったのがこの曲だから。軽快なテンポに合わせて自然発生的に手拍子が鳴る、演奏者たちも自然とそれに合わせて盛り上がってゆく。ゼノギアスのエンディングはどこまでも続く海の青と光眩しい空が印象的だった。まさにその光に包まれながら、演奏している人たちが皆笑顔だった。「BALTO」から「LAHAN」へと繋がってゆき、最後は出演者全員がやってきてみんなで手拍子をして歌う。会場の観客も同じように手拍子をする。光田氏が跳ねて最後の一音を奏でたら会場の皆が我先に立ち上がりスタンディングオベーションを贈る。こんなに見事なスタンディングオベーションがあるコンサートは、ゲーム音楽演奏会ではかなり珍しい。それほどに観客の心をとらえたコンサートだったし、駆け付けたファンもまたとても熱意のある人たちばかりだったのだろう。最後の最後に深々と頭を下げた光田氏の姿が忘れられない。氏の誠実な人柄がうかがえる、最高のコンサートだった。

幻影異聞録♯FEのレビューが今必要なのでは

語らねばならない。

語りつづけなけれならない。

他の人に知ってもらうためには、まとまった熱のある文章が必要なのだとつくづく思います。

 

今必要なのは、幻影異聞録♯FEのレビューなんだと思います。俺にとって必要なものなんですが。

 

レビューだから、公平な目線にしなきゃ…とか、分かり易い平易な表現で…とか、そういったハードルを自身に課していたから、いつまでも書けないのだと思い始めてきました。

 

あのゲームの良いところ、及び好きなところはかなり明確なので、そこだけをひたすらに語る。それが必要だと思いました。

雑記:自信を持つ事、誰かに自信喪失させられないこと

ジェンダーとか差別とか、そういった類の話題ってのはいつも絶えないものだと思います。

 

なんでこんな話をするかって言うと、今の自分にストレスが溜まってるからなんですね。この状況を変えたい為に、ストレスのない状態についてぼんやり考えて、そこからストレスを生み出すものって何なのかを考えてたわけです。

 

色んな定義はあるにせよ、ストレスを辛く感じる時ってのは、自分自身の認識と周囲の認識や常識などがズレていて、そのズレに対してうまく合わせたり、ズレを気にかけずに活かしてゆく、そういった余裕がない状態だと思います。

 

そんで、じゃあそういったストレスが生まれない状況ってどんな感じなのかな、と考えたのですが、あらゆるズレを負担に感じないようにすること、フラットであることというよりもズレが当たり前であるという考えが共有できている状況なのかな、と。

 

他人とズレていることを恐れたり、気に病んだりしない、まあ自分自身も他人が抱えているズレに対して過敏に反応しない、というのがある程度実現しやすいものなのかな、とは思います。

 

勿論衛生観念とか、生理的に不快なものなどについては無関心であることはかなり難しいのかもしれませんが。

 

日常生活においては、他人に深く感心を持ちすぎないくらいが丁度いいのかもしれません。

 

悩みとしては、他人に失礼のないように接すると、なかなか特定の人と親しくなることが出来ないということなんですが。みんなどうやってこ仲良くなってるんだろう、とこの歳でも悩むばかりなのです。

 

自信を持つ事と、他人の自信を喪失させないことの根っこは同じだと思うんだけどなぁ。

雑記:その音はなぜそう聴こえるのか

雑食性なのでいろんな音楽を聴いているんです。たくさん音楽を聴いていると「これ〇〇っぽくて好き!」と感じることもよくあることなんです。これは"和風な感じ"がしていいよね!とか、これは"ジャズっぽい"ノリで気持ちいい!とかそういうところを楽しんでいるのです。

 

ではその"和風な感じ"とか"ジャズっぽい"とかは、その曲のどこから感じているのか?というのが気になるところなのです。さらに言うならば、なぜそのように感じるのか、ということを考えるのが好きです。

 

音色なのか、音階なのか、旋律なのか、楽器なのか、はたまたその曲が使われたシチュエーションなのか。もっと突っ込んで考えると、その"和風な感じ"と判断するきっかけになった、自分の感性の源流はどこなのか。何を見て聞いて考えたから、このように感じるようになったのか。

 

そこを掘り進めることでもっと音楽を楽しめそうな気がします。これは誰かが既に通った道なのだろうけど、私もまた通ってみたくなりました。

 

それでは、また。

雑記:必殺技!がカッコいいのはなぜか

ゲーム、特撮が好きな弟としばしば語る内容をここに記しておく。

 

必殺技ってのはカッコいい。いやとにかくカッコいい。そこにはカッコ良さの浪漫が詰まっている。色んな必殺技があるけれど、どれもこれもがカッコいい。あぁなんでこんなにカッコいいんだろう。

 

我々は一つ知見を得た、それは「タメ」だ。

 

必殺技は、他の技とは違う。他の技で相手にダメージを与えることも出来るが、必殺技は繰り出すことで今の状況を大きく好転させる為に繰り出すものだ。だから「普通の技とは明らかに違う」ということをはっきりとさせなければいけない。

 

それを演出するのが「タメ」である。言うならば「ここから必殺技が入ります!」と私たちに教えてくれる合図だ。

 

タメにはいろんな種類がある。例えばカメラワークを変えて別角度からシーンがはじまる、例えば暴れん坊将軍松平健が刀の峰の向きを変えてチャリン!と音を鳴らし「成敗!」と言い放つ。それまでリアルタイムで流れていた動きがスローになる、などなど。

 

アクションの楽しさである「緊張と緩和」の話にも繋がるのだろう、メリハリをつけて私たちが必殺技を待つ。構える。ここは見せ場だぞ!と脳にスイッチを入れる。だからゲームにおけるQTEも本来的にはそれを目指したものなのだろう。でも大事なのは、そのタメからはじまるシークエンスは同じでなければストレスを感じるということなんだ。フィギュアスケート選手があれだけ凄いジャンプができるのは練習した手順を同じように披露するからだ。羽生くんだって、ジャンプの時にいちいちランダムボタンのQTE求められたら4回転飛べないと思う。

 

話しが大きく逸れたが、とにかく必殺技のカッコ良さはタメが生み出しているということだ。

 

別の機会では特撮の色気の大切さを語ろう。